明日も暮らす。

明日も暮らす。

シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。東京近郊在住です。 大学院修了後、教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

子どもを産んでから感じる不全感と、そこからわかった自分のこと。

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おはようございます。

梅つま子です。

 

今日は、自分語りです。

 

子どもを産んで育てることができることが、

とんでもなく幸せなことだとわかってはいるけれど、

子どもを持って私が感じてきたモヤモヤは、

ある種の「不全感」なんじゃないか、と気づいたときに、

うわっといろんなことが言葉をまとってきたので、

自分の思考のログとして、残しておきたいと思います。

 

1.母親になったことが仕事でプラスにならない不全感

私の母親としての生活は、

「育児休業中のワーキングマザー」のアイデンティティとともにスタートしました。

 

育児休業を切り上げて復帰してからは、

「これからはバリバリ働けます!」ということをアピールしていましたが、

ふたを開けてみると現実は、バリバリどころか、ヘナヘナになって、周囲に謝りどおしの毎日でした。

子育ては、子どもが新生児のころが一番大変で、後はだんだん手が離れていく、と信じていたのが、私の大いなる思い込みだったなあと思います。

「…アンタそれちがうよ」と、以前の私に、こそっと耳打ちしたい…けど、それを言われたら、産休に入る直前の私は、耳をふさいで聞こえないふりしたかな?

 

帰宅時間を考えると、飲み会はおろか、会議にも出られない。

職場の正規メンバーなのに、職場で働くために、必要な情報を得られない。

仲のよい同僚から、2次情報として、飲み会や会議での話題を聞いてキャッチアップしていました。

これは失敗だったと思っています。そのことで、同僚と私は、常に「情報の上流」と「情報の下流」に身を置くようになり、対等であるべき関係が、そうでなくなったように思います。

 

母親になり、ケアするべき子どもを得た。

でも、母親というアイデンティティを得たことが、仕事で役に立つどころか、

「母親である」というアイデンティティを職場で表出することすらできない。

むしろ、「子どもがいるけど、子どもがいない女性と同じくらいだけ働けます」

ということを身をもって示さないと、身の置き場がない感じでした。

 

私が所属していたのは、女性が多い職場です。

しかも、子どものいない女性や、子どもが手を離れた女性が、

職場を支える労働力のメインであった職場で、

母親になったばかり、入職したばかりの私が力を発揮するのは、

とても難しいことでした。

私の能力の低さ、至らないところもあったのですがそれはさておき。

 

2.ママ友に「自分」を出せない不全感

子どもを育てて、保育園で、児童館で、そして今通う幼稚園で。

お互いの子どもを通して仲良くなったママたちがいます。

お互いの家に行ったり、一緒に出かけたりできるくらいには仲良くなりました。

 

私は、親しくなった人には、自分のことを言いたいタイプです。

自分の性格とか、前にしていた仕事のことなんかも、できれば言いたい。

でもなかなか簡単には、そういった話をする関係には発展せず。

 

子ども関連の人間関係では、主役はあくまでも「子ども」。

深入りしないように、でも快適にやれるように、うまく話題を調節するべきだし、

こんな私でも、一応オトナでありますので、

突然、急に「実は私ね…」などとあけっぴろげに自己開示して周りを引かせるのは、さすがにまずい。

空気は読むように、慎重に気をつけております。笑

 

だけど心の中では、

仲良くなった人には、(仲が深まったら)洗いざらい全部ぶちまけて話したい!

話して、新たな気づきを得たり、成長したい!

そしてもっと、仲良くなりたい!

…そんな衝動を抑えております。

 

「周りの人との関係は、そこそこでよくて、

他に趣味とか楽しみがあればいいや、

家族との時間が充実していればいいや」、

と考えたこともあるし、大体はそのように納得できているのです。

 

しかし、 

私は、家族ではない誰かとも仲良くなりたい。

お互いに近況をアップデートしつつ、

いろいろ身の上やら状況やら話して、

あーでもないこーでもないと悩みを話して、

いろんな考えに触れながら、蛇行しつつ解決策や打開策やらを考えていくのが、

もはや趣味レベルで、好きすぎるみたいです。

泥臭くて暑苦しくてすみません…。

 


 

 

職場でも不全感。

ママ友に会っても不全感。

 

そんな数年間で、わかった自分は、  

■自分のことを語りたい/そしてできれば相手のことも知りたい

■どんな場所でも、自分の人格すべてで参加したい

不器用な姿でした。

 

「ほどほど」に、というのは、大人にとって必要な対人関係スキルだと思うし、

私も一応は、ほどほどにふるまうこともできます(たぶん…)。

 

私も、今日初めて児童館で会ったママさんに、

自分のことをいきなり丸ごとぶちまけたいわけではないのです。

 

大げさな言い方になりますが、子どもを産んでからずっと、

「十全な自己として、他者との関係を築けない/コミュニティに参加できない」

ことに、ストレスを感じるんです。

 

より正確には、

「十全な自己として、他者との関係を築ける場所がない/参加できるコミュニティがない」

ということなのかもしれません。

 

どこかひとつでも、ひとりでも、

自分の持てるいろんな力を発揮して参加できる場所や、

自分の過去も今もひっくるめて話せる相手がいたら、

だいぶ違うんだろうな、と思っています。

 

つまづいてばかりの育児、急激にレベルアップすることのない家事。

達成感のない日々のなかで、

成長を見せてくれる子どもたちに救われつつ、

それでも何か、ため息をつきたくなる気持ちがずっとあります。

 

参加できる場所、話せる相手。

それって「所属」のことだ、と思い至り、

専業主婦である私の「所属」について考えてみました。

 

それについてはまた、明日のブログでつづってみようと思います!

 

あーでもない、こーでもないが止まらないのは、若干インプットが足りてない証拠でもある気がします。

読み返し、新たに読みたいのは、このあたりのラインナップ。

 

 

今日もいい一日になりますように!

 

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