明日も暮らす。

明日も暮らす。

シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。東京近郊在住です。 大学院修了後、教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

なぜ「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」は受け入れにくいのか。その理由を考えてみた。

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おはようございます。

梅つま子です。

 

唐突ですが。

子育て、大変じゃないですか。

夏休み、子どもとべったりだから、よりそれを感じるではないですか。

 

で、子育てをすでに終えられている方とか、

ちょっと子育てが楽になってきた方とかにお会いすると、

「今だけだよ、大変なのは」といわれるじゃないですか。

 

育児の先輩から言われるこのセリフ。

私、以前から、この発話に、なんかモヤモヤすることが多いんですよ。

簡単にモヤモヤと来ちゃってスミマセン…!;;

もう、育児で普段からストレスたまっているせいで、モヤモヤ爆弾の導火線が短いから。

 

念のため述べておきますが、特定の誰かの特定の発言を指しているわけではなくて、

一般的に「育児しているとよく言われがちなワード」として挙げています。

 

自覚があります。

相当ひねくれているんですよ私は…。

もともとひねくれているところに、前の職場でいろいろあって傷ついて、

”人から何か言われること”にかなり敏感になってしまい、

今、回復しているけど、やっぱりまだ古傷がうずくんですよねえ^^;

すごく構えてしまう。

そんな訳アリな奴が書いた記事だと思っていただければうれしいです。

 

そして、

「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」と言われて、

「うっ、そうなんだ。わかってくれてありがとう。私ももう少しで楽になれるんだね。今だけならがんばる!;;」

と思える人もたくさんいると思います。

これならこれで、成立していますよね!

 

そうなる方は、いいのです^^

感じ方が人それぞれなのはよくわかっています。

なので、

「こんな人がいるんだ~、めんどくさいね~、生き辛そうで大変だね…」

と思っていただいて大丈夫です。ほんとに。笑

スミマセン^^;

 

あ、こんな私でも、電車の中とか、スーパーとかでふと話しかけられて、

「大変そうね~、でも今だけよ~」と言われるのなら、ぜんぜん大丈夫なのです。

「そうですよね~、がんばります~^^」とか言えます。

でも、おそらく親疎関係に由来するのかなと思うんですが、この手の発言が、行きずりの人から言われるなら受け入れられるけど、友人や親戚からだと、何か違う。

 

なので、自称(他称?)めんどくさい人間&考えることが趣味の私、ちょっと自己分析することにしました。

 

自分がモヤモヤしがちな人間であることはよくわかっています。

しかし、ひとりでモヤモヤしているだけでは未来がない。

モヤモヤの元を放置するよりは、理由をきちんと見つけて、私が直すべきところは直したいし、問題があるのではと思うことは、育児中の母親の一意見として発信したいなと思うようになりました。

 

そこで、まずは、なぜ私が「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」発言に違和感、不快感を感じるのか、

そして、どんな発言なら私は受け入れやすいのか、

さらに、どうしてこうした発言はよく聞かれるのかを、私になりに考えてみました。

 

 

なぜ嫌な気持ちになるのか

1.「子育ての先輩」「子育ての後輩」と線引きされているのを感じるから

子育ての彼岸と此岸を感じさせるんですよね。

もう「彼岸」に行ってる人が、線を引いている気がする。

「今だけよ」と言われると、

私、もうこっちに行けた人。アナタ、まだそこにとどまっている人。

と、区別されている気がする。

さらには、「こっちに行けたので、そちらの状況にアドバイスする権利があります」という態度が見え隠れする場合もある。

それは優越感につながって私には聞こえることがある。

 

いや、わかりますよ。

時間というベルトコンベア式のやつが勝手に動けば、私もそっちに行けるらしいことは。

 

でもそう言われると、もう関係はそれ以上先に進めないような気がするんですよ。

あなたが今抱えている問題は、私はもうクリアしたの。過去のものになってしまったの。一緒の立場にはもういないの。

と言われているようで。

 

だから、それ以上仲良くなりようがない人に言われるのならいいのですが、もっと親しくなりたい人、頼りたい人からは言われたくない。

 

2.今の私のつらさが軽視されている気がするから

「今だけよ」と言われても、今の私は、その「今」の、つらい時間の真っ只中にいるのよ。

そして、明日もあさってもたぶん、その時間のなかにいるのよ。

 

明日、あさって、しあさって…と続く時間のなかで、

いつかはふっと「あ、手が離れてきた」「楽になってきた」という瞬間が来る。

それはわかる。

 

明日じゃないけど、明日の明日の明日の明日の…明日には、楽になる。

今とつながっている時間の流れの中で、いつかは。

わかる。 

 

…でも、私は「今」にいるしかなくて、「今」はほんとにつらい!

なのに、そのつらさを、「時間が経てば消えるもの」 として軽視されている気がしてしまう。

 

「今だけよ」と誰かに言われる場面というのは、

こちらから相手に、育児のきつさを述べてたり、子どもも一緒にいて、「今まさに大変な瞬間」を共有してたりするときなんです。

 

なので、

そ、そんな簡単に片付けないでおくれ…!もう少し私の話を聞いておくれ…!

あなたの育児の場合はそうだったかもしれないけど、私の育児の場合はそうじゃないかもしれないでしょ…。

育児の悩みなんておおむね一緒なのかもしれないけど、あなたにはあなたのストーリーがあるように、私にも私のストーリーがある…。

と思ってしまいます。

 

根底に、私が聞いてほしがりで、”私のことを理解してほしい”、という期待があるからなのでしょうね。

それを甘えと言われてしまったらしかたない…

 

なので、前述のとおり、そもそも関係性のないところにはこの感情はありません。

親しくなければ、「そうですよね~、今だけですもんね!」と聞き流せるので。

 

3.そこで話題は強制終了させられるから

「今だけよ」と、時間の問題として扱われたら、納得するしかないですもん。返す言葉がない。

まさか、「”今”っていつまで続くのよ!いったい私はいつ楽になるのか教えてよ!」って食って掛かったりしません。

さすがに。^^;

 

「時間が解決するよ」と言われたら、そこでもうその話は終了。

ぐっと飲み込んで、モヤモヤ残りまくり…。

 

じゃあ、どう言われたいのか

で、じゃあ代わりにどんな言葉なら納得できるか考えてみました。

ちょっとここでも私のへそ曲がりぶりが発揮されてて、「えええ?」と言われるかもしれませんが、書いてみましょう。

毒食わば皿まで。しばしお付き合いください^^;

1.「時間が経っても、まだ大変だよ」

と言われるほうが、私は納得がいきます。

「今、うちの子ども中学生だけどさ、中学生になるとスマホがどうでこうで…」

とか言われたほうが、

「ゴクリ…そうか私は踏み入れてしまったのだ、子育てのこの世界に…」と思って手綱をしっかり締める気になる。

 

私は私の今を戦っているけど、

あなたはあなたの今を戦っているんですね

 

というのが私の好みみたいです。

異論ありますよね!認めます!

 

2.「手伝いに行けたら行くのに…」

もう、こう言われたら泣きます。感涙の嵐。

 

いや、わかってます。多くの場合、手伝いに行くったって、無理なのは。

でも、その気持ちが嬉しい。

私の今のこの状況が、私にはつらくて、手に負えない状況だということを理解してもらえたことがありがたい。

そして、力を貸してくれようとするその心が暖かい…。

 

あ、人によっては「そんな、実際に手伝えないのに簡単に言われても困る」と思う人もいるのかもしれません。

…いやもうほんと感じ方って千差万別ですね。

 

3.「そうなのか…私にはわからないかも…」

子育ての環境も千差万別だし、感じる大変さも千差万別だから、同じ状況は結局わからないもんだと思うんですよね。

で、想像しようと思っても想像しきれないときだってある。

そんなときは「わからない」とはっきり言われたいです。

そのほうが、私の状況を適当に見積もられて”大したことない”と切り捨てられたり、頓珍漢なアドバイスを繰り出されたりするよりは、むしろすがすがしいんです。

 

育児の話題に限らないけれど、対話をしている2者の間で、問題がわかりすぎてしまうというのも、場合によっては、うまくいかないもので。

共感しすぎてヒートアップし、問題が見えにくくなることもある。

上司への愚痴とか、**への愚痴とか!笑

 

そういうときはむしろ、「わからない」といってくれる立場の人からの客観的なアドバイスが欲しくなります。

 

正直に「わからない」といってくれる人は貴重です。

ちょっと没頭しすぎてたかもしれないと気づけて、ふと冷静になれる。

今の自分が、誰にでも「わかる」話をしているわけではないと気づけることはプラスです。

 

なぜ「つらいのは今だけ、もう少しで楽になる」は、言いやすいのか

最初に戻って、「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」は、どうしてこんなに言われる言葉なのか、考えてみました。

というか考えるまでも泣く、とても言いやすい言葉であるからなんだなと気づきます。

 

1.共感+激励+祈り+願いがモリモリ 

つらいよね

わかるよ

私も経験したよ

 

共感と、励ましたい気持ちから。

私も乗り越えたんだから大丈夫。だからがんばれ。を伝えたいとき。

「あなたにも乗り越えてほしい」、という祈りのような気持ち。

 

あと、発言者の、ほんの少しの後悔もあるのかも。

大変だったその時期、あっという間に過ぎ去ってしまった。

もう少し**すればよかった。

だからあなたは、その時間を楽しんで、という願いもあるかもしれない。

 

共感+激励+祈り+願い。

なんだか「いいこと」がモリモリなんですよね。

ちょっと私にはそのモリモリ具合が、きついのかもしれません。

 

2.オールマイティーすぎる

この言葉、何歳の子どもを育児している人にも言えそう。

 

子どもが0歳のとき、

「なかなか寝なくて…」

1歳のとき、

「ぜんぜん食べてくれなくて…」

2歳のとき、

「イヤイヤ期で何をするにも時間がかかって…」

3歳のとき、

「お友達と仲良く遊べなくて、手を出してかみついちゃって…」

 

どんな場面にも、

「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」

オールマイティーすぎる。

 

とりあえずの結論

とても使いやすい言葉であるらしい「今だけだよ」に、どうしてモヤモヤを感じてしまうのか、代わりにどんな発言がありうるのか、さらに、どうしてこうした発言はよく聞かれるのかを、私になりに考察してみました。

 

育児の現実、聞かされているほうは、オチもない愚痴を延々と聞かされてるような気分になるのかもしれません。

どれも似たような話に聞こえるのかもしれない。

でも、私の「今」は、私一人の経験しているものとして今、目の前にあって…。

 

かつての育児経験者が、今現在の育児経験者に対して言う言葉である、「今だけだよ」。

たとえばゴルフだったら…受験だったら…。

経験してない人はそもそもアドバイスしようと思いもしない。

そして、経験者からのアドバイスは、有益になりえることも多いのは事実だと思います。

もちろん、育児の場面でも、経験者のアドバイスは、本などにはない、生の情報としてありがたいことは多いです。

でも、育児の実態は、似たようであっても実は多様なもので、その「経験」の差異が大きく、アドバイスが余計に難しいこともあるのかもしれないなと思います。

 

こうやって書くと、

 

おお怖!

じゃあ、今、子育て中の人にはもう何も言えませんね。

ってなるのかもしれません…。

 

ですが、この文章で私は、「子育て、つらいのは今だけだよ。もう少しで楽になるよ」は、NGワードだよと言いたいのではありません。

発言者によって、受け手によって、関係性によって、場面によっても違うので、一概には言いにくい。

 

ただ、

かつて子育てを経験しているということだけで、アドバイスできる権利が自動的に付与されるとは思わないでほしい

ということはちょっと言いたいし、自分も肝に銘じておきたい。

 

何か言いたくなる気持ちはすごくわかる。

でも、できれば、言いたいことはとりあえず心の中にとどめて、

「今がつらい」と思っている人の言葉に耳を傾けて、ただただ受け止めてほしい

と思うんです。

そして今度は、あなたの現実を教えてほしい、あなたが戦っているつらさを教えてほしい。

そっちのほうが私は、 好みです。

 

朝から長々とすみません。

インザミドルオブ夏休みという名のエブリデイ2児育児ゴーイングオンからの呟きでした!

 

さあ!今日も暑そう!私の頭もPCも熱い!ぱーっとカキ氷でも食べましょう!!

ダイエットどうした。笑

 

 

今日もいい一日になりますように!

 

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