明日も暮らす。

明日も暮らす。

シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。 教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

スイミングスクールは週2回を継続することに。この子はどこに向かって伸びたい子だろう、と思いながら。

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おはようございます。

梅つま子です。

 

我が家の4歳娘、7月と8月は、スイミングスクールに週2で通っております。

今日のブログは、「9月も週2回にすることにしました」という話です。

 

 

現在週2の理由は…夏休みの行く場所がないから!(涙)

夏休み中の今、週2で行っている理由は、「夏休み中の出かける場所問題」です。

あんまりな理由ですね(汗)

でも、児童館は混んでいるし、自転車に乗っていくのがちょっと大変。

地域のプールは、オムツがはずれていない息子はまだ入れなくてプールサイド(激暑)で見学になるのはしんどい。

実家の母も姉も基本的に仕事で、それほど頻繁に実家に行けるわけでもなく。

公園は言うまでもなく灼熱だし…。

 

行く場所に関して詰みまくっている夏休み、自宅の至近までバスで送迎してくれるスイミングスクールが、命綱なのです。

 

うれしかった進級

夏休みに入り、娘は進級しました。

 

これまで進級試験に落ちても「悔しい」ということすら感じていなかった様子の娘。

新しいクラスに入れたことを喜び、これからの進級試験にも積極的になっていることが、私はうれしかったのでした。

 

が、事件は起こった

意気揚々と新しいクラスに入って、2回目の練習でのこと。

いつもの通り、私の用事を済ませてから、プールサイドに見学に向かうと、…なんと、娘が泣いているー!

一緒に進級したお友達のチカちゃん(仮)と一緒に、泣いている…!

 

どうも様子を見ていると、練習が怖くてチャレンジできないでいるようでした。

 

プールの水深は1メートル20センチくらい。

幼稚園児の娘は足がつきません。

普段、子どもたちの練習には、高さのある台を沈ませて、プールの深さを浅くしています。

ところが、その日の練習では、真ん中の台がひとつ外されていて、プールの底が「凹」の字のようになっていました。

その、深い部分は、蹴伸びをして、ビート板を使って泳ぎきらなければいけない(といっても、3メートルくらいの距離なのですが)という練習が、娘には「恐怖」だった模様。

 

ほとんど水遊びと同様だった今までのクラスとはちょっと違う。

おお、さすが進級すると違うのね~、と思いましたが、まあ全く泣き止まない娘。

 

チカちゃんのママと、「泣いてたね…これ、正念場だね…」と言い合って、”共にがんばろう!”とこぶしを握り合ったのでした。

 

着替えのロッカールームに、娘はチカちゃんと一緒に泣き腫らした目で戻ってきました。

「もう、スイミング行かない…」

 

出たー。やっぱり言った。

何度目だ、これ。

 

これまでもたくさんあったんです。

「やめたい」は初めてではなく。

これまで何回か聞いた言葉です。

でも娘はなんだかんだ、バスに乗ってスクールに行けたし、スクールにつけば着替えたし、泣きながらコーチに手をつないでもらって、いつもプールに向かっていきました。

 

泣かれるといい気持ちはしないし、心が折れそうなときは、「親である自分にとって都合のいい習い事だから辞めさせずに続けさせているんじゃないか」という気持ちにもなります。

 

実際、(他の習い事と比べて)月謝もそこそこで済む、教材不要、予習復習も要らず、グッズも水着とバッグぐらいと最小限、練習中は親が付きっ切りでなくて、席を外すこともできるスイミングは、「神」なのであります。

 

…続けさせるのは親のエゴ?

 

辞めたら、娘の生活はどうなる?

ちょっと、シミュレーションしてみました。 

 

幼稚園から帰宅したら、DVDを見ながら、おやつ。

公園に行く。

 

…以上!

この毎日の繰り返し。

 

そんなのんびりも、幼少期にはいいような気もする。

そんな毎日の中でも、何かを感じたり成長したりはできると思う。

(実際、私の幼稚園時代もそんな感じだったような気も…。)

 

家にいて、楽しく本を読んだり、工作をしたりする時間が長いならいいと思えるのですが、家にいるときに目立つのは、ちょっとしたことで機嫌を損ねて弟に当たったり、いつまでもおやつを食べたがったりする姿。

やっぱり何か発散するもの、メリハリになるものがあったほうがいいのかなあ?とも思います。

 

のびろのびろ、大好きな木

話は変わって先日、育児ポートフォリオを「育自ポートフォリオ」にします、という記事を書きました。 

この記事に、いつも優しくコメントを下さる、リトミックとピアノの先生のそらまめさんが、 

「この子がこういう風に伸びて行きたい…と感じたからそれに対して私はこう思って、こう接した」この言葉が、、、

目からうろこで!

 

恥ずかしながら、「こうなればいいなあ。(なのに、ならないなあ~)^^;」

という目で、子どもを見てたなあと思いました。

 

で、改めて「この子」を見てみました。

 

この子はどういう風に伸びていきたい子なのかな。

 

ああ、この感じは、あれだ。

大好きな歌があるんです。

アン・サリーさんが歌う『のびろのびろ大好きな木』という歌。

歌詞はこちら

 

去年の3月頃に行ったコンサートで、女性のソプラノでこの歌を聴いたときに、すごくジーんときたんです。

 

娘は、息子は、どんなふうに伸びたい木なのかな?って思ったんです。

 

今から5年から10年くらい時間が経ったときを想像してみました。

 

娘はたぶん…ちょっと雑で、喜怒哀楽激しいところは変わっていないかな。^^;

でももっと、言葉の使い方も覚えて、今持ってるやさしさをうまく発揮できるようになってるかな。

なにより、体を動かすのが、きっと今以上に好きで、手足も伸びて…公園を元気に走り回ってるような気がしました。

 

親の欲目で見ても、「ものすごく運動神経がいい!」というタイプでは残念ながらなさそうではあります(母親が真性インドア人間だからね…すまん…)。

だけど、午前2時間、午後2時間公園で遊んだ後に「違う公園で遊びたい」と言える娘は…体を使って心も体も伸ばしていく子なのかもしれない。

 

そしたらやっぱり、「スイミングやっててよかった」という日が来るように私には思える。

少なくとも、やめ時は今じゃないような気がする。

 

やっぱり成長してる

次のスイミングの練習、私はプールサイドで見学していました。

先日は泣いてしまっていた、蹴伸びのビート板で、プールの深いところを渡る練習も、その日は泣かずにできていました。

 

よしよし。うーむ、でもやっぱり蹴伸びの力が弱いな。

なんて、ついつい減点法で見てしまう私。

だけどそのとき、コーチが、

「マイ、すごいじゃない!初めて一人で行けたね!」

とほめてくれたんです。

 

はっ、コーチはぜんぜん違うところを見てる。

 

今までは、コーチが補助しないと怖くて渡れなかったのに、一人で行けた。

弱々しい蹴伸びで力が足りなくて、途中、バタ足で乗り切ってたけど、一人で行けた。

 

コーチは私よりもずっと、娘の足りないところも見えてるはずなのに、

できるようになってるところを拾うコーチの目がすごい…!

 

進級したてなだけあって、今のクラスは、娘にはちょっと、ついていくのがギリギリなのを感じます。

前のクラスのときは、緊張する場面はほとんどなかったけど、進級してからは、自由練習のときに、達者なお友達にちょっと遠慮してる様子が見られます。

でも、バタ足で水をかけられてしまったり、ビート板に体がぶつかったりしても、泣かないでいられてる。

コーチに「私もやりたい!」「ひとりでやってみる」と伝えられてる。

 

泳ぎの技能の獲得もうれしいけれど、こうした、打たれ強さや主張する力を得ていることのほうが、得がたいことのように感じます。

幼稚園以外の集団に属するというのは、娘のことを理解するうえで、ひとつのヒントになる気がしました。

 

やっぱり、ここなのかな。

娘が自分の課題を感じたり、乗り越えたりする場所は、

私にはここに見える。 

 

9月になったら、また考えよう

幼稚園に通いながらの週2回のスイミングは負担になるかもしれない。

何が何でもスイミングだ!と決めているわけでもない。

でも、確かにやってきたように感じるひとつの「波」は、ピンチの波でもあり、チャンスの波なのかもしれない。

確実に、「これが答えだ!」と自信を持って進んでいる道でもないけれど…。

 

娘がスイミングを始めて、かれこれ1年3ヶ月。

お試し期間だった第1ラウンドが終わって、「水泳」というものが見えてきて、それに向き合う第2ラウンドに入ってきたのかなあと感じる今日この頃です。

 

 

今日もいい一日になりますように!

 

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