明日も暮らす。

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シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。 教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

チョコを食べる習慣を手放すために。『ぼくたちは習慣で、できている。』のブックレビュー(後編)

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おはようございます。

チョコなし・筋トレあり生活を習慣にしたい、梅つま子です。

 

今日も昨日に引き続き、『ぼくたちは習慣で、できている。』、略して『ぼく習』(といわれてるらしい)のレビューをお届けします。

 

昨日投稿した、「前編」から先にお読みいただければありがたいです。

www.tsumako.com

 

 

「習慣を身につける」ためのTIPS

前回までで、習慣がどう作られるのか見えてきました。

どうも、習慣というものは、意志の力100%ではなさそう。

他の魅惑的な選択肢を、排除して。

目先の報酬に心を動かされない価値観を編み上げて。

それが生活に、当たり前のものとして溶け込んだ結果、そこに習慣として残っている…、という印象を持ちました。

 

で、じゃあどうやって?

というのが次の質問として浮かびます。

佐々木さんの文章は格言集のように、習慣を身につけるための、具体的で実践的なアイディアがちりばめられていました。

 

まずは片づける

部屋をきれいにする、というのは一見関係なくて遠回りのようでありつつ、すべての道に通じる、「習慣化への一歩」なのかも。

忙しいと部屋は荒れていくものだが、それは人が「今はそんなことをしている暇はない!」とつい考えてしまうから。

しかし、実際には片づけをしてからのほうが、忙しいタスクにも効果的に取り組めると感じている。

片づけをすることで気分がよくなり、意志力が増すのだろう。(p.44-45) 

 

習慣にしたいことに、責任を一極化する 

ぼくは基本的に充分な睡眠時間を確保しているので、早起きがめちゃくちゃ辛いわけではない。

しかし深夜に目覚めてしまったりすると、もっと寝たいと思うこともある。

それをどうやって乗り越えるかというと、早起きに「習慣の全責任を負わせている」ことがあげられる。

(中略)

早起きできなかったときは、その次に待っている習慣のヨガも、瞑想もスキップしてしまうことが多い。

(中略)

早起きを「やらないこと」で自己否定感が生まれ、意志力が失われているのだ。

そうして1日中ダラダラと過ごしてしまうこともある。

早起きが失敗すれば、残りの習慣がすべて瓦解する。

その意味で「早起きは先鋒であり、大将」だと思うようになった。

早起きはいちばん最初に出てくる先鋒であり、負けてしまうと後に続く習慣も立ち行かなくなってしまう大将でもあるということだ。(p.140-141)

この「早起きは先鋒であり大将」って、とてもいい言葉だと思いました。

心に「掛け軸」を飾れるのなら、採用したいくらい。

 

私のブログもそうで、早起き(時には夜中起き)の産物です。

早起きしないとブログが書けないので、そこはもう、必死に、必死に起きます。

起きるときの私の心を文字化するとしたら、

 

たかが眠気ごときに、

私の自由時間であり、

息抜きであり、

声そのものであり、

ブログ友達とのコミュニケーション手段を取られてたまるかーーーっ!

喝!!!

 

…って感じです。

眠気に負けることもあるけど、基本的には、

「ブログの時間が取れないなんて、悔しい悔しい悔しい耐えられない耐えられない耐えられない」という思いから、自然に起きます。

ちなみに目覚ましはかけません。子どもたちが一緒に起きたら意味がないので…。

 

最初に一番の難局が来ている

習慣は、最初が一番難しい、「クソゲー」なのだそうで。

ある時、ぼくはゲームをやめたくなる瞬間に気づいたことがあった。

それは理不尽な攻撃をしてくるボスキャラに何度挑んでも勝てなかった時だ。

何かをやめたくなるのは報酬を得た満足したときではなく、がんばっても報酬を得られなかった時なのだ。

習慣はそういう意味では「クソゲー」だ。

なぜなら、最初の難易度がいちばん高く、ボスキャラが最初に出てくるゲームのようなものだから。(p.165)

 でも、ということは、最初の難関さえクリアしてしまえば、あとは楽になるということ…。

それは、ちょっと救いになります。

 

「習慣をやめる」ためのTIPS

新しく始めることを習慣にしたい人もいれば、やめることを習慣にしたい人もいます。

私について言えば、「チョコ」が、やめたい習慣になります。

何の習慣をやめるべきか、という問題は難しい。

(中略)人はある習慣を「ストレス解消のために必要なもの」と容易に思い込むことができるからだ。

この時問いかけてみる価値があるのは「それを自分の子どもに習慣にして欲しいかどうか?」という質問だ。

実際に子どもがいなくても、もちろんこの質問は成り立つ。

自分には欠かせないものになってしまっているが、できればやめたいもの。

そこから学んだものは少なく、自分の子どもがそれをしたいといっても賛成できないようなもの。

終わった後に達成感や満足感ではなく、後悔が残るもの。(p.113)

そう、チョコはストレス解消になるから、断つべきなのか、悩みました。

ただ、私が食べると、チョコは終わりがなくて。

食べ始めたらどんどん行ってしまう。

 

ここに書かれているとおり、「際限なくチョコを食べる」ことを、「自分の子ども」の行動として脳内再生してみました。

子どもが、チョコを、ぽんとひとつ、チョコを口に入れるくらいならいいと思う。

でも、何個も何個も食べてたら、「ちょっと、おやめなさいよ」と思います。

「そんなに何個も何個も食べたら、あとであなたがつらかろう…」と思います。

自分が後で苦しむようなことはしないでほしい。と、自分の子どもに対してなら、思えます。

自分のことだと、気づかないんですけどね…。^^; 

 

その習慣で何を学んだか

ゲームから人生のすべてを学んだと思うことができるなら、それをやめる必要はない。

ぼくはお酒をやめたが、真剣に仕事に取り組んでいるソムリエや日本酒の杜氏には敬意を抱く。

お酒からすべてを学んだ方だっているだろう。

しかし、自分とお酒との付き合いを振り返ると、大きな学びを得たとはとても言えなかった。お酒の席は盛り上がって楽しいものだが、翌日は後悔することが多かった。

だからきっぱりやめた。(p.115)

 ほんとにこれは悲しいのですが、チョコを食べて特に学んだことはなかったなと。

チョコが悪いのじゃなくて、そういう食べ方をしなかった自分が悲しい。

ほっと一息ブレイクタイムで、美味しいチョコをちゃんとお皿に乗せて、お茶と一緒に味わうように食べるならいいと思うんです。

でも私は、ただただ、消費するように食べていたなと思います。

ぼくがお酒をやめたのは、1年半前のことになる。

それまで何度も何度も挑戦してきたのだが、どうしてもやめられない。

本当にお酒が好きで、お酒の席も大好きだった。

やめたいと思っていたのは、ずっとしたいと思っていた「早起き」がしたかったからだ。

(中略)

規則正しい生活をしたいと思っているのに二日酔いで午前中は消失。

そしていつまでたっても早起きは身につかない。

そんな連続が嫌だった。

こんなに後悔が多いものを自分の人生に置いておいていいのかと思った。(p.118-119) 

ここは自分なりに読み替えて理解するなら、「ずっと着たかったすとんとしたワンピース」が着たいから、チョコをやめる。

チョコ一粒一粒は美味しくて私を癒してくれるけど、そのためにたまったおなかの肉で今私は苦しんでいるのだから、やっぱり、自分の人生に置いておいていいものではないような気がします。イヤダ。

 

「少し」ができないものは「断つ」

18世紀のイギリスの文学者サミュエル・ジョンソンは、友人から「ワインを少し飲め」と促されたときにこう答えた。

「少し飲むということができないのだよ。だから絶対に触らない。わたしの場合、断つことは簡単でも、量を抑えることは難しい」。

ぼくはこの意見に完全に同意する。(p.122-123) 

私はまさにこれに当てはまります。

チョコを少し食べるということができないです。食べ始めたら一箱。 

「やめるなんて極端だね、少しならいいじゃない。」

そう言われることもあります。でも私には、悲しいかな、「少し」が難しい…。

食べる前は「ひとつ」と思っているのに、ひとつ食べたら最後、今度は食べ尽くしたくなる。

自分の変わり身が、恐ろしい!!

 

愛しすぎてしまうから、離れたい

チョコが悪いわけじゃなく、チョコと私の相性が悪いだけだと思います。

愛しすぎてしまう!

どこかで自分もやめたいと思っている人ほど、それをやめた他人を見て怒りを覚えることもある。

片づけられない人や、モノを手放せない人がミニマリストに怒りを感じることがあるが、それはどこかでそれを気に病んでいるのだと思う。

自分が本当に正しいと思うことをしているのなら、それとは違う行動を取っている人に同情こそすれ、怒りを感じることはないはずだ。(p.129)

これはもしかしたら、自分かもです。

自分が、自分に怒りを感じているかもしれません。

人生のほとんどを、チョコを愛しながら生きてきて、今さら新しい関係を築ける自信がない。

 

でも、愛ゆえに、しばらく離れたい。

それは、私の不器用なチョコへの愛のかたちだと思って、どうか許してほしい…!

私のアモーレ…!(誰に言ってるの^^;)

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チョコをやめるメリット

ぼくにとってはお酒を飲まないことのメリットはたくさんある。

規則正しい生活の実現、健康状態の改善、出費やゴミが減ったこと、酩酊しての問題行動が起こり得ないこと、1日の終わりまで明晰でいられること。

なによりお酒の誘惑を「我慢」することがない平穏な生活が訪れた。

習慣をやめるときに大事なのは、何かしらの代償を払ってでも、優先したいものがあるかどうかということだ。(p.129)

私が考える、チョコ習慣をやめるメリットは、こうです。

・やせる

・チョコ自体を我慢することがなくなる

・虫歯になりにくい

・出費が減る

中でも大きいのは、最初の二つ。

おなかの肉から自由になれたら、そして、チョコを食べるか食べないか、という選択肢から自由になれたら、それってほんとに軽やかな心境に至れる気がする…!

 

習慣が、自分を創る

習慣というのは自分の時間の過ごし方のこと。

だから、すなわちそれは、どういう自分になりたいか、という話なんだなあと、本書の終盤、読みながら思いました。

納得したい

以前、高校時代の友人に久しぶりに会ったら、とっても太っていた。

「でも、もういいかなと思って」と笑っていた。

「諦める=明らめる」ことができているわけだ。

ぼくが目指すのは同じ状態ではないが、必要としているのは友人と同じ「納得」だ。(p.302)

どんな自分であれ、自分が自分に納得していればよくて。

私ももしかしたら、「やっぱりチョコ最高!!なしにしようなんて無理だった!」なんていいながら、チョコをまたもりもり食べるようになったりして。

今、なんとか脱チョコを狙っている自分だから、またチョコに吸い寄せられる自分を想像すると悲しい。

だけど、その時の私がそれで納得しているなら、それでいいとも思いたいです。

 

いつまでも自分に成長を感じたい 

いくつになっても、「自分にはこんなことができるんだ!」と驚ける余地を残していたいです。

遊園地もスマホのゲームも楽しい。それは誰でも楽しめるように設計されているから。

しかし「こうやって楽しんでくださいね」という楽しみ方が決まっているものは、いつしか飽きてしまう。

そうしていつか自分自身に飽きる。

自分ならではの成長の機会を習慣にし続ける。

そして自分自身を「新しい」ものとして感じられること。

それは人の本能を目指すことなのだ。(p.307-308)

変われる自分でいたい。

大冒険は望まないけど、小さな挑戦があるような毎日を送りたいです。 

意志力は、直前の行動の影響を受ける。

直前に何かを達成するから、自己肯定感が生まれる。

だから、毎日毎日の満足や成長の手応えが必要なのだ。

過去の達成を誇ることでは、自己肯定感は生まれない。(p.309)

前はこうだった、って、いつまでも言い続けていたくない…!

私は今の私が好きでいたいです。

 

不安や悩みに支配されたくない

これからも不安や悩みが生まれてくるだろうけど、そのたびに何とかしていく自分でもありたいです。

不安や悩みというのは本当に「気分」の問題なのだ。

問題自体ではなく、それをどう捉えているかという気分の問題だ。

ぼくは気分が落ち込めば走る。

脳の血流を良くし、ドーパミンやコルチゾールに助けてもらう。

そうすると、気分が晴れ上がり、問題なんて自分はどうとでも解決できると思えるようになる。(p.311)

だからそれを乗り越えるためのシステムとしての習慣も、早いとこ自分の中に確立させたいと思うのでした。

そうか、私には筋トレがある、と思えたらいいのか。

これからは、不安や悩みを感じたら、筋トレにしよう。

 

本書を読んで、見えてきたこと

自分にとことんひきつけて、本書を読んできました。

そして、ブログがどうして私の中で習慣として続いているのか、そして新たな習慣である、チョコなしの食生活や筋トレが、どうしたら習慣として根付くか、少しヒントがもらえました。

 

ブログがなぜ続いているのか

■書くこと自体が報酬(喜び)だから

■ちょっと難しくて、乗り越えると楽しいから

ブログに関しては、すっかり習慣に定着したので、これを引き続きやればいいのだろうなと思います。

ただ、ブログは時間を取る習慣なので、他のことができなくなります。

というか、私がそれしか他に習慣といえる習慣がなくて、第一位の地位を与えてきたといえるかも。

 

今後は、たとえばブログ時間を短くして、筋トレやストレッチに、あえて時間を譲っていくような工夫も必要かもしれません。

そのときは、ブログの更新頻度を下げることにもなるのだろうか…?自分とよく相談です。

 

チョコなしの食生活や、筋トレを習慣にするには

■デメリットをよくよく理解する

■チョコなしや筋トレを習慣にすることで得られることを理解する

■(チョコ)どうしても食べたくなったときの対処法をもっておく

■(筋トレ)短い時間、十分な場所が取れなくても筋トレできる方法を知っておく

チョコなしも、筋トレも、今の時点まで習慣になっていなかったということは、そのままでは自分の生活に合わないからなんだと思います。

どうしたら自分の生活に合う形で取り入れていけるのか…難しいけど、それを考えるのが自分にとっての成長だと思うから、ちょっと取り組んでみます。

 

この本を読んで、苦しい習慣、というものは成立しなくて、そのことで自分が軽くなるから、習慣になるんだ。と、しみじみ理解できました。

 

私も、チョコを食べないことや、筋トレが自分にとっての「普通」になり、そのことで自分がどんどん楽になるように。

今回は、そこまでいきたいと思います…!

 

終わりに 

私は、「ブログ」「チョコ」「筋トレ」にひきつけて読んで、新しい自分に変わりたい、と強く思いました。

ぜひ、ご自身にひきつけて読んでいただきたい一冊です。

 

読んでくださって、ありがとうございました。

皆さんが習慣にしたいことは、何でしょうか?

 

今日もいい一日になりますように!

 

 

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