明日も暮らす。

明日も暮らす。

シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。東京近郊在住です。 大学院修了後、教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

我が家の子どもたちが3歳違いである理由。

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おはようございます。

梅つま子です。

 

我が家には3歳違いの、2人の子どもがいます。

5歳の娘と、2歳の息子。

今日は、理由無く、なんか眠れない日でして…。^^

今日はなぜ、うちの子2人が「3歳違い」なのかを書いてみます。

 

 

1.仕事の都合

娘を出産したとき、私は、任期のある仕事に就いていました。

一生働くつもりでいて、めちゃめちゃキャリア志向でした。

 

働きながら子どもを育てている先輩もたくさんいたし、仕事か子どもかどちらかを選ぶ時代でもないはずだと思っていました。

ずっとワーママを続けるつもりでした。

できると思ってた。

 

育児休暇中も、任期の”砂時計”は無常にもサラサラと落ちていくことになっていまして…。

「(在職できる)残り時間が無くなるっ。は、はやく仕事がしたい…っ」と思って、1年の予定だった育児休暇も切り上げたくらいでした。

そんなわけで、育休中に仲良くなったママさんに「年子ってどう思う?」と話題を振られたときに、めっちゃ「無い!!」と強調してしまって、後から気まずい思いをしました…。

ちなみにこのママ友はその後無事、年子の第2子ちゃんと、さらにそのあと第3子ちゃんも産んで、3人姉妹のママになりました^^今もたまに公園で遊ぶ仲。

 

在職中は、「この仕事に就いている限り、次の妊娠はありえないんだろうな」…と思っていました。

 

間をおかずに次の子どもを産む、という選択肢が考えられなくて。

ワーママ時代、なかなか、「第2子を妊娠しよう」と思えなかったです。

雇用の任期の問題もあるし、そうでなくてもしんどすぎた。

周りを見ると、年子のお子さんや、2歳違いのお子さんを持つ方も多かったのですが、

「すごいな!」

と思っていました。

娘が生後7ヶ月のときに復職して、1歳~2歳頃は、仕事が超絶忙しかったとき。

息つく間もない生活を送っていてたもので、「第1子もまだ赤ちゃんなのに、第2子が生まれたら生活がパンクする!」と思っていたのです。

(その後、在職中に任期が更新される見込みになり、続ける気持ちでいたのですが、流産をきっかけに退職の道を選びました。)

 

2.自分自身が姉と3歳違い

3歳違いの姉がいるので、「きょうだいが3歳違い」 というのがとても想像しやすいです。

よく言われるけど、3歳違いは受験が重なりますよね。

 

自分が小6のときの忘れがたいエピソード。

「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー」というアニメが放映されていたのですが、ある晩、主題歌『アポロ』を熱唱していたら、当時中3の姉から、

「少しは遠慮して。言いたくないがこちらは受験生なんだ」

と怒られたのを覚えています。

全面的に姉が正しい。すまなんだ…。

その後、姉は無事合格しました。ヨカッタ。姉が合格して進学した高校は、私の母校でもあります。

 

↓これ。懐かしい…。大好きでした。

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世界名作劇場のオープニングテーマとエンディングテーマは名曲ぞろいですよねえ。 

 

私は中学受験は無かったのでまだマシで。

こっちが中3、姉が高3のときが、歴史に残る「キツい1年」でしたねえ^^;

家の中もピリピリしましたし、そして親の立場になると、塾などの出費も気になる…。

 

まあ、でも、自分もそうだったから「そういうもの」と理解しております。

大変だけど、「一気に終わる」のは、利点といえば利点。

相手が勉強してれば自分も勉強する気になれるし…というのは言えないか^^;

ワタシ、大声で歌ってたし(汗)

 

自分が育った「きょうだいは3歳違い」のイメージが強いもんで、第2子を出産するなら、3歳違いになるのかな?とは、漠然と思っていました。

ちなみに、自分自身が2人姉妹なので、なんとなく「子どもは2人」のイメージも強かったです。

「子どもは2人、3歳違い」というのはまさに、自分が育った家庭がそうなんですよね。

強く願ってたわけじゃないけど、「同じにしたい」という気持ちが心の中にあったのかもしれません。

  

3.「胎動をまた感じたい」と急に思った

通勤も片道1時間半かかるし、帰宅しても、翌日までに家でやっておかなきゃいけない仕事が山積み。

そんな状態なのに、なぜ第2子を望んだかというと、ものすごく説明しづらいのですが、胎動がものすごく懐かしく、また感じたくてたまらなくなったのです。

おなかのなかで胎児が動くあの感じが、とてつもなく恋しくなった。

この説明しがたい、謎の「胎動への衝動」は、その後の私がたどった「仕事を辞めて出産」への道を後押しした気がします。

で、残念ながら、第2子を望んですぐの妊娠は流産となったのですが、そのことがきっかけで「ああ、やっぱり自分はもう一人子どもが欲しいんだな…」とわかった気がします。

そして、第2子妊娠中、念願の胎動を感じたときは「そう!これだよ!欲していたのは!」と思ってました(笑)。

 

「胎動への衝動」は、その後ついぞ現れません。もう今後、衝動に突き動かされることもないのではないかな、という気もする。

この衝動、来ても困るか。笑

 

終わりに

独身時代から、漠然と、「もし将来、子どもを産むなら3歳違いかな」とは思っていたワタシ。

でも、娘を産んですぐは「第2子とか考えられん~!」と思っていました。

結局は、たまたまのタイミングで生まれてきてくれた我が子たちです。

 

妊娠しているときの「子どもをおなかの中ではぐくみ、無事に産む!」というわかりやすいミッションの中にいた頃がすごく懐かしく感じます。

妊婦さんを町で見かけると、いいなあ^^と思う。

でもそれは「自分とは、すごく遠いもの」として見ています。

 

今思うと、妊娠がすごくいいものに思える。

うらやましいな、と思っちゃったりもする。

だけど、実際は…妊婦のときのいろんなしんどさにもう一度耐えられる気がぜんぜんしません。

つわりをはじめとした体調不良と戦い、家事育児だってやるわけだし、検診のたびに心臓バクバクしまくって。

う…ちょっと想像するだけで動機が止まらない。

 

出産は2回だけど、妊娠は4回している私。

つまり2回は流産している自分にとって、やっぱり出産に行き着くことは奇跡に感じます。

妊婦という、あの時期を、自分が2回も、通算2年弱も経験したとは…。

今となってはすごく遠いです。

自分のおなかの中に赤ちゃんがいたなんて!

 

大好きな短歌があります。

たぶん産まないであろう第3子のことを思うとき、思い出されます。

 

宥されてわれは生みたし 硝子・貝・時計のやうに響きあふ子ら (水原紫苑)

 

ま、産み続けることは誰しも不可能なので、誰しもが、想像上の「n+1番目の子ども」がいるわけで。

「もし、3番目がいたら、どうだったかな^^」って考え続けるのも、悪くない気がしてます。

 

▼流産して、次の妊娠がわかる前に書いた懐かしい記事▼

www.tsumako.com

 

▼退職を決めるのはなかなかパワーが要りました…!▼

www.tsumako.com

 

▼お金に余裕がある家庭に育ってたら、中学受験もしたのかな^^;▼

www.tsumako.com

 

今日もいい一日になりますように!

 

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