明日も暮らす。

明日も暮らす。

シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。東京近郊在住です。 大学院修了後、教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

自己理解を深める図解思考法で、本名の私と梅つま子の関係について考える。

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おはようございます。

梅つま子です。

 

尊敬するネットの友人、クラタイクツさんが、図解思考法を紹介してくれました。

このいきさつはぜひ、タイクツさんのブログを読んでいただくことにして、早速本題に入りたいのです。

www.mamazero.com

 

 

タイクツさんが紹介してくれた図解思考法

さてタイクツさんが紹介してくれた図解思考法とは、

「3つの重なった輪を書いて、母・妻としての自分(私)と、社会的な自分(公)と、個人としての自分(個)、それぞれの立場の自分を完全に切り離して、現状とか感情を自由に書き出してみる方法」

です。

 

(画像:「何者にもなれなかった問題」とのつき合い方〜セルフプロデュースの方法論 - ママゼロできるかな

 

この図、タイクツさんはこちらの本からヒントを得られたとのこと。

本書中では既婚のサラリーマン男性版に書かれているものを、無職の「ママ」向けに変えてみたそうです。

by カエレバ

 

おもしろそうですねえ!早速やってみます。

 

2016年の自分

ここ数年の自分の変化がかなり大きいので、時間軸で考えてみることにしました。

まずは2016年頃。自分にとって大きな変化のあった年でした。

「私」としての生活の中心は、なんといっても2013年に生まれた娘のこと。

はじめての子育てでてんやわんや。

「公」としての自分は、大学教員でした。

保育園に生後7ヶ月の娘を預け、毎日1時間半かけて通勤しておりました。

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この「大学教員」という仕事は自分にとって憧れで、長きにわたる大学院生活を経てようやく得たものでもあり、自分のアイデンティティの中核をなしていたと思います。

大学教員であることが誇らしくてうれしかったんです。

「個」に関しては、ハンドメイドとか読書とか多少の趣味はあったものの、自分の「公」や「私」を支えるほどのものはありませんでした。

 

ところが、仕事の激務化やらがいろいろあり、復職後、仕事はあっという間に立ち行かなくなります。

突発的な会議はザラだし、急に振られる仕事も増える。メールはどんどん来る。

子育ては最初が大変で、だんだん楽になる…なんて甘い夢を見ていましたが、とんでもない。

寝て起きて食べて排泄して…だけだった私の赤ちゃんは、だんだんと自我が出てきて、手がかかるようになってきました。

 

小手先の工夫や根性論ではもう乗り越えていけない、と思いました。

「子育てと仕事の両立」なんてものは、この生活を続ける以上自分には手に入らない。

そもそも自分のキャパには合わない。

 

どうにもこうにもならなくなってきた頃、妊娠しました。

そして妊娠がわかった3週間後には流産。ほどなく次の妊娠がわかります。

この「妊娠・流産・妊娠」は3ヶ月くらい間に起こったことです。

働きながらだったので、つらかったですね。

 

退職の意思はもともとありましたが、もう流産は嫌だ(娘を妊娠する前にも流産しています)と思って退職を早めました。

 

公私共に、立ち行かない。

アイデンティティぐらぐらの状態の、2016年頃の私がいました。

 

そんななかの、本ブログ「明日も暮らす。」創設でした。

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「明日も暮らす。」って言いながら、明日も暮らせないような心理状態で暮らしていたんですね。

「梅つま子」という名前もそのときこしらえたもの。

 

こうして「梅つま子」としての私が、「明日も暮らす。」というブログを得たのです。

本ブログは、うまくいかなかった「公」の自分、「私」の自分を語るための場になりました。

 

2018年~2019年頃の自分

2016年秋に息子は誕生。

やがて、専業主婦としての生活が身になじんでくると、育児中心の日々のアウトプットの場として、ブログは欠かせなくなりました。

 

もちろん大学には通勤しなくなったから、かつては毎日会っていた大学の人たちとの接点はない。

就労者じゃないから娘は保育園も退職していたので、地域のママさんともあまり会わない。

接触できる外界が限られまくっていたなかで、ブログは「誰かとつながってる」ことを感じさせてくれる場だったのです。

 

ブログは刺激的な場でした。

それまで、大学がすべてだった私にとって、大学じゃない場所で働いている人のすべては新鮮でした。

ブログを通じて知り合った方と、リアルでお会いできるようになったのは、大げさに言えば人間信頼の回復だったと思います。

大学院~大学教員時代の友人には、ほとんど会わなくなっていた自分でしたが、

「ああ、この年になっても友達ってできるんだ」

と感動したんですよね。

 

それから、月経カップというアイテムに出会い、「なんだこのすごいアイテムは!」と感激したのもこの時期です。

月経カップ愛が高じて、そしてご縁あってインテグロ株式会社の月経カップアンバサダーになりました。

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そう。

気がつけば、「梅つま子」としての自分が、自分の「私」の部分も、「公」の部分も、支えるようになっていたんです。

 

梅つま子が、本名で生きているこの自分の毎日を救ってくれたんですよね。

よくもまあ、公私共にズタボロだった私が、梅つま子を生み出したものだと思います。

これって、危機的状態にあった自分がそれを察知して、自己が崩壊するのを何とか回避しようとしての行動だったのかなあ。

だとすると人間の自己保全能力ってすごいなあと…思います。

 

梅つま子は私のイマジナリーフレンドであり、イマジナリーなセルフでもあり、割と現実の自己でもあり…。

不思議な存在です。

ゲームの主人公の名前に、私は自分の本名を入れることはできないタイプなんだけど、「つま子」は入れられるんですよね。

 

うれしいのは、ブログを書き、月経カップの仕事をしていると、「梅つま子」と、本名の「自分」が一体になるようなところです。

 

私は、母親のアイデンティティが弱いです。

母親としてのアイデンティティとうまく付き合いきれていないからだと思う。

 

「○○ちゃんのママ」と言われて、その呼称にうまくなじめません。

昔、大学院の先輩が「今、何歳?」って聞かれて、自分の年齢を答えちゃうって言ってたのを思い出します(相手は子どもの年齢を尋ねている)。

 

そうなのだけど、ブログを書いていると、やっぱり自分のアイデンティティに母親としての生活はすごく重要。

生活の大きな一部だし、人生の大きな一部であることをちゃんと思い出させてくれる。

そして、月経カップも、出産経験や子育て経験があっての便利さを感じているしお伝えしていきたい。月経カップアンバサダーである私は、母親であることにずいぶん助けられています。

こういうふうにして、私は、梅つま子であることで、母親としてのアイデンティティを自然に受け入れられているんだと思います。

 

終わりに

タイクツさんのおかげで自己理解が進みました。

でも、この図って「世界環」の概念を使って、「自分の理想は何か、どうなっていきたいのか」まで考えることができるんですよ。

今後はそれについても考えてみたいなと思うわけです。

 

タイクツさん、ありがとうございます。

いつも読んでるブログで自分のことが真正面から取り上げられた経験は、晴れがましくこそばゆく、「生きててよかった」と思うに足る経験でした。

 

高2のとき、体育授業で、プールの中でクラスメイトに「今日私、誕生日なんだ」と言ったら、いきなりそれなりの声量でハッピバースデーの歌を朗々と歌いだしたとき(合唱部の子で)と同じくらいドキドキしました。

つま子

こうやって自分を分析するのって楽しい☆

今日もいい一日になりますように!

 

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