明日も暮らす。

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シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。 2013年に娘を、2016年に息子を出産した2児の母。東京近郊在住です。 大学院修了後、教育関係の仕事に就いていましたが、現在は専業主婦です。

フィジカルディスタンスとソーシャルディスタンスに関する一考察~「P遠S近」という希望~

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おはようございます。

梅つま子です。

 

いつもブログで刺激的な記事を書いてくれる、私のありがたいお友達、タイクツさん。

タイクツさんのソーシャルディスタンスの記事、皆さん、読まれましたでしょうか。

www.mamazero.com

 

こちらの記事を読んで、フィジカルディスタンス(物理的な距離)と、ソーシャルディスタンス(社会的な距離)について、考えるところがありました。

 

この記事では、タイクツさんの記事を発端に考えたことを整理しておきます。

 

 

前提

新型コロナ感染拡大を防ぐために、人と人との距離を保ちましょうという意味で、

「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が使われてきました。

最近、フィジカル・ディスタンスという言葉に言い換える動きが出ているようです。

感染抑止では、人と人の間に十分な距離を保つ「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)」が重要とされますが、最近これを「フィジカル・ディスタンシング(身体的距離の確保)」と言い換える動きが出てきました。


 Q ソーシャル・ディスタンシングとは。
 A ソーシャルは「社会」「社交」、ディスタンシングは距離を置くことを意味します。新型コロナウイルスの感染を予防するための世界的な取り組みで、スーパーのレジ待ちで客が近づきすぎないよう、間隔を空けて並んでもらうなど、さまざまな場面で実践されています。

 

 Q だれが言い換えを始めたのですか。
 A 世界保健機関(WHO)が最近「フィジカル・ディスタンシング」という言い方に改めました。フィジカルは「物理的」という意味。社会的距離という表現だと「愛する人や家族との関係を社会的に断たなければならない」と誤解されかねず、あくまで物理的な距離を置くだけだと伝える狙いです。WHOの専門家は「人と人とのつながりは保ってほしいと願うからだ」と解説しています。

<新型コロナ>「ソーシャル・ディスタンシング」→「フィジカル・ディスタンシング」 人との距離、言い換える動き:東京新聞 TOKYO Web

 

混同されがちなソーシャルディスタンスとフィジカルディスタンス、

ここでは、あえて、「ソーシャル」と「フィジカル」に分けて考えてみることにします。

 

フィジカルとソーシャルの4象限マトリクス

フィジカル(Physical)な距離の遠近を縦軸に、

ソーシャル(Social)な距離の遠近を横軸にとり、

4象限のマトリクスにしてみました。

 

すなわち、

P遠S近(フィジカルに遠い×ソーシャルに近い)

P近S近(フィジカルに近い×ソーシャルに近い)

P近S遠(フィジカルに近い×ソーシャルに遠い)

P遠S遠(フィジカルに遠い×ソーシャルに遠い)

の4つです。

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P近S近

普段自分の一番近くに誰がいるかで考えてもらうとわかりやすいですが、

P近S近の代表と言えば、家族ですね。

頻繁に会う友人。仲良しの職場の同僚なども。

 

P近S遠

P近S遠の人は、程度によって差がありますが、

近所の人とか、クラスメイトでも話したことがない人など。

満員電車の中で隣り合わせになった人などは、フィジカルにはめちゃ近いですが、

その人のことを何も知らないという意味では、ソーシャルにはすごく遠いといえるのかも。

 

P遠S遠

P遠S遠の人とは一生知り合うことがなくて、

お互い無関係です。

自分とのつながりが何も見当たらない、地球の裏側の人。

 

P遠S近

P遠S近はネット上の誰かです。

ブログのあの人、ツイッターのあの人、youtubeのあの人。

会ったことはなくても読者になったりなられたり、コメントをしあう関係だったり。

 

基本的に、フィジカルにつながりを持ちうる関係では本名ベースになり、

そうでなければハンドルネームを使ったり、匿名な存在になるのかなーと思います。

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図解では便宜上4つの部屋に分けましたが、フィジカルもソーシャルもグラデーションですよね。
 

フィジカルに、ソーシャルに距離を縮めるということ

いろんなアクションや、時間の流れによって、グッと関係性が縮まることはよくある話です。

 

顔見知り程度だったママさんが、PTAで意気投合して、

親しい友人の一人になったり。

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転居や進学によって、異国で生活を始め、

まったく知らなかった誰かと仲良くなれたり。f:id:umet:20200717052908j:plain

ひょんなことからどこかの誰かのブログやyoutubeを見始めたら楽しくて、

毎日の楽しみになったり。

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それまでブログ上でしか知らなかった人とリアルで会うことも。

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引っ越しなどによって、フィジカルには遠くなっても、SNSやアプリがある。

ソーシャルには近い距離を保てます。

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フィジカルに近くなった相手を遠ざけるのは難しい

他方で、一度フィジカルに近くなった人を、ソーシャルに遠ざけるのは、

わりとパワーのいることだよなと思います。

 

コロナ自粛では、普段なら会いたい、会うべき人と会わないでおくことを求められました。

私も普段なら会ってお茶しておしゃべりたいママ友と会わず、

LINEやzoomでのやりとりにしました。

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これ結構キツいです!

やっぱり、もともとが毎週のように会っておしゃべりしていたので、

それがなくなるのは悲しくて。

できれば会いたい!でもしょうがない…という気持ちです。

 

そう考えてみると、

P近S近」って、アグレッシブな関係だなと思います。

極論ですが、「感染の恐れよりも、一緒にいることを選べるかどうか」ということでもあるのか(普段そんな風に考えたりはしないけど…)。

コロナは治療薬がないのでまた別かもですが、

インフルエンザの子どもの世話をする親の気持ちはそれに近いかも。

そりゃもちろん、伝染りたくないけど、子どもの世話を放棄するわけにはいかないので。

 

そして、一度フィジカルに近づいた距離を遠くするのはかなり難しいことだなと思います。

P近S近」から「P遠S遠」への移動は、実際の物理的な移動よりもよっぽど大変です。

それくらい、「P近S近」の人とは、互いに逃れがたいものだからです。

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「P遠S近」というSNS時代の恩恵

P遠S近」があるのは、インターネットの、そしてSNS時代の恩恵だよなあと思います。

インターネット以前は、フィジカルに遠い人と関係性を持つのは非常に難しいことだったと容易に想像がつきます。

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先日、「オンライン英会話レッスンで号泣した話」を書きましたが、

これはまさに、私がその日の先生をソーシャルに近く感じていたからでしょう。。。

リアル友人の前では抑える感情を、ネット上の誰かの前ではさらけ出せてしまうことってあるんです。

 

ずいぶん前になりますが、

カフェなどで会っている若者が、互いに会話せずスマホをいじってるのが異様であると、主に年配の方々から言われたことがありました。

これは、P近S近の人の目の前にいながら、P遠S近の人とやりとりしてるからといえましょう。

私も当時はこのような風景に疑問を覚えたものですが、

現在の私は、目の前の相手を「ちょっとごめんね」といってスマホの中を見ることはあります。

 

誰にとっても、「目の前の相手には、(自分の知りえない)P遠S近の誰かがいる」と考えたほうが自然です。

今は、自分にも相手にも、逃げ場があったほうがいいなとすら思います。

 

フィジカルに近いとケア責任が発生する

自分の一番近くにいる「P近S近」といい関係をもちたいというのは、

みんなが共通に持つ希望ではないでしょうか。

家族とはニコニコ、何でも言い合える関係でいたいし、

気心の知れたママ友が、徒歩圏内にいたらとてもうれしい。

自分をさらけ出したい欲求は常にあるもの。

それが人間にとってのストレス解消であり、ピュアな喜びであり、明日への活力ですよね。

 

でも、「P近S近」の人たちは、私がケアする責任を持つ人であり、

私の気分を左右する人たちです。

もちろん、非常な喜びをくれもするけど、

日常的には、「えー、そんなこと言うの…?」と、ダウンな方向にも持って行ってくれちゃいます。

でも、私には責任があるから、せっせとお世話をするわけです。

 

大事だけど、難しい。

それが、生活を共にするパートナーである「P近S近」の人たちなのです。

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そう考えると、「P遠S近」な人たちは、すごく特別な存在といえます。

彼らは基本的に、喜び、楽しみをくれます。

しかも、私には彼らの世話をする責任はないのです!

 

「P遠S近」とどんな関係を持ちうるか

ネット上でつながっている「P遠S近」な彼らに対しては、基本的には、

ネチケットと言われるものを守り、システムにしたがっていれば、

健康的で良好な関係を築くことができます。

 

そうなのに、炎上とかクソコメとかが横行してしまうのは悲しいなあと思います。

 

だって、ものすごく距離の離れた人から、

非常に有益な情報や知見をもらえるなんて、

この「コスパのよさ」をうまく利用しないでなんとする。

 

義務はないんです。

なんか違うなあ、イヤだなあと思ったら、静かに去っていけばよい。

  

うまく付き合えば(そんなに難しいものじゃないと信じてる)、

最小限の負担で最大限の利益をくれるのが、

P遠S近」の人たちなんです。

私は自分の子どもたちには、このことをしっかり理解してもらいたい。

 

「日常の中で、大きな楽しみをくれるのに、その世話をする責任がない」とは、

なんとありがたいことでしょう。

 

こうやって私は大好きなブログを読み、エクササイズのyoutubeを視聴し、

英会話のポッドキャストを聴くのです。

 

終わりに

P近S近」がうまくいかなくてがっかりしている人は多いと思うけど、

大丈夫。

あなたにも私にも、「P遠S近」な人たちがいて、いい関係を作ることができます。

 

それに、「P近S近」コミュニティは、永続するものじゃありません。

時間の流れで自然に分解するんです。人間は、不老不死ではないので。

 

P遠S近」は、誰もが持ちうる、SNS時代の希望です。

「いいね」を押したり、コメントを残したり。

「適切なお付き合い」のなかで、きっとうまく付き合っていけるはず。

つま子

P遠S近」との付き合いこそニューノーマルの鍵なんじゃないかな

今日もいい一日になりますように!

 

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