明日も暮らす。

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シンプルで暮らしやすい生活を目指しています。オンライン英会話(英検1級)と空手(黒帯)が趣味。大学院博士課程修了(人文科学)。2児の母。

何やってんだよ、ミスタースティーブンス!~『日の名残り』を読んで~

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おはようございます。

梅つま子です。

 

カズオ・イシグロ『日の名残り』を読みました。

カズオ・イシグロの作品を読むのは『わたしを離さないで』に続いて2作目です。

 

www.tsumako.com

 

カズオ・イシグロの名前は知ってましたが、

なんだか自分には読めなさそう、と思っていたので、今年に入って2作読めて嬉しいです!

読むと自慢したくなる、カズオ・イシグロ。

日本語を読んでから英語を読むスタイルです。

こうすると労力も時間も日本語だけ読むよりもかかるのに、

なぜか楽しく読める、不思議なモチベーションです。

 

文章の格調が高くて「こういうのが古きよきイギリスなのかっ…」と、思いました。

 

 

以下、ネタバレしていきますので、作品の結末を知らない方はご注意くださいませ。

 

短い旅に出た老執事が、美しい田園風景のなか古き佳き時代を回想する。長年仕えた卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々……。遠い思い出は輝きながら胸のなかで生き続ける。失われゆく伝統的英国を描く。1989年、ブッカー賞受賞。

日の名残り

 

物語は、老執事のスティーブンスの一人称で語られていきます。

スティーブンスは、むかしの女中頭として働いてくれていたミス・ケントンに、

戻ってきて働く気はないかと誘いに行く旅の道中にあります。

旅行中、昔を思い出しつつスティーブンスは、

ありし日のお屋敷・ダーリントンホールの様子を語っていきます。

スティーブンスとミス・ケントンの、

意地の張り合い、子どもみたいな言い争いの小競り合いも、

回りくどい英語だとやけに格調高くて楽しく、

いつい「ミス・ケントン、おせっかいだなあ~」などと彼に肩入れしながらほほえましく読んでしまうのですが、

だんだんジワジワと、「それでよかったのかよっ、ミスタースティーブンス!」と、

このかたくなな執事に怒りがわいてきました。

 

たとえばこんな調子です。

執事の執務室が暗いので、

外のお花を切って、活けようと持ってきてくれたミス・ケントンに、

めちゃくちゃツンケンしてます。

 

ミス・ケントン は、花を生けた大きな花瓶を抱え、にっこり笑ってこう言いました。

「ミスター・スティーブンス、これでお部屋が少しは明るくなりますわ」

「なんのことですか、ミス・ケントン?」

「外はお日さまがまぶしいほどですのに、この部屋は暗くて、冷たくて、お気の毒ですわ。 お花でもあれば、少しはにぎやかになるかと思いまして」

「それはどうもご親切に」

「 ここは、お日さまが少しも入りませんのね? 壁もじめじめしているみたいで」

「いや、ただの水蒸気の凝縮です」そう言って、私はまた帳簿に向かいました。

ミス・ケントンは、テーブルの私の前あたりに花瓶を置き、もう一度食器室をぐるりと 見回しました。「お望みなら、もっと切り花をお持ちしますけれど」

「ご親切はありがたいが、ここは娯楽室ではないのですよ、ミス・ケントン。気を散らすようなものは、できるだけ少ないほうがよろしい」

日の名残り』p.71

 

冷たい!お花持ってきたのに!意地悪じゃない?!

ちなみに原作はこのようになってます。

 

She came a holding a large vase of flowers and said with a smile: Mr Stevens, I thought these would brighten your parlour a little.'

'I beg your pardon, Miss Kenton?'

'It seemed such a pity your room should be so dark and cold, Mr Stevens, when it's such bright sunshine outside. I thought these would enliven things a little.'

'That's very kind of you, Miss Kenton.'

'It's a shame more sun doesn't get in here. The walls are even a little damp, are they not, Mr Stevens?'

I turned back to my accounts, saying: 'Merely condensation, I believe, Miss Kenton.'

She put her vase down on the table in front of me, then glancing around my pantry again said: 'If you wish, Mr Stevens, I might bring in some more cuttings for you.'

'Miss Kenton, I appreciate your kindness. But this is not a room of entertainment. I am happy to have distractions kept to a minimum.'

The Remains of the Day』p.52 

 

お花をdistractions呼ばわり!まあひどい!

人の親切を無碍にする男・ミスタースティーブンス。

 

この人、”執事の品格とは”を本書の端々で熱く持論を主張しまくって、

「一人一人が深く考え、「品格」を身につけるべくいっそう努力することは、私ども全員の職業的責務ではありますまいか。(it is surely a professional responsibility for all of us to think deeply about these things s othat each of us may better strive towards attaining 'dignity' for ourselves.)」とか言っちゃってるんですが、

お前の品格は!人の親切心を打ち捨てることかよ!!と肩をゆすってやりたくなります。

スティーブンめ!

 

私がもうひとつ許せないのは、ミス・ケントンが、

読んでる本のタイトルをたずねたときの態度です。

 

「お願いですわ。そのご本を見せてくださいな、ミスター・スティーブンス」ミス・ケン トンはそう言いながら、ますます近づいてきます。「そうしたら、もうあなたの読書の邪魔はしません。あなたがそんなに隠したがるなんて、何のご本ですかしら?」

「あなたがこの本のタイトルを知ろうと知るまいと、そんなことは私にとってどうでもいいことです、ミス・ケントン。しかし、原理原則の問題として、あなたが私のプライバシ ―に土足で踏み込んでくるようなことには、強く抗議せねばなりません」

日の名残り』p235

 

教えてあげなよ!!本のタイトルくらい!

読んでる本を共有するのは会話のきっかけじゃん!!

原理原則の問題って何だよ!冷たい!

 

'Please show me the volume you are holding, Mr Stevens,' Miss Kenton said, continuing her advance, 'and I will leave you to the pleasures of your reading. What on earth can it be you are so anxious to hide?'

'Miss Kenton, whether or not you discover the title of this volume is in itself not of the slightest importance to me. But as a matter of principle, I object to your appearing like this and invading my private moments.'

The Remains of the Day』p.166

 

原作も塩対応そのものです。

as a matter of principleとか言っちゃってよ…。

 

明らかにミスター・スティーブンスに好意を抱いていたミス・ケントンも、

つれなすぎて、もう他の求婚者のもとに行っちゃうわけです。

よかったよミス・ケントン、あなたの選択は間違ってなかったと思う。

最後までミスター・スティーブンスは、

自分に親切にしてくれる人、興味を持ってくれる人に対してどういう態度を取ったらいいのかを、よくわかってないみたいだったから。

 

職業が人間に要請する品格なんてクソだなと思いました。

そんなの品格じゃないなと思いました。

 

考えてみると、職業上のパワーを借りて人にひどいことをしちゃう人はいると思う。

簡単な例だと「休みのところ悪いけどこれ仕上げて」というようなことは、

多かれ少なかれいろんな人が言ったり言われたりしてるんだと思う。

どうしてもそれを言わなきゃいけない場面があったとしても、

それを言わせているものと自分とを区別しないと、

おかしなことになっちゃう。

品格とか職業的責務ということばで思考停止しちゃだめだよ。

結局仕えてたダーリントン卿のことだって、自分が職業人生をかけて仕えた相手なのに、みすみす自殺させちゃってるじゃん…、スティーブンス!

 

ミスター・スティーブンスだって、

何年もミス・ケントンのことを忘れられないくらい彼女に対しての思いがあったのだから、

そのときにその場所で感情の力で跳躍しないといけなかった。

 

(そして気づいたんだけど、『わたしを離さないで』のキャシーも、トミーのことが好きである自分に気づいて跳躍しないといけなかったんだな。ルースに遠慮してないで。)

 

品格なんてしょうもない。

感情の発露だよ、道を切り開いていくのは!

と私は思った…!

 

それにしても、悲しくて、美しくて、

あとになって怒りがふつふつと沸いてくる、

カズオ・イシグロの小説の読後感は、まるで出世魚のよう。

おもしろうてやがて悲しきカズオ・イシグロ…。

 

今は「なにやってんだよスティーブンス!!!」という気持ちだけど、

そのうち、そうしか生きられなかったスティーブンスへのいとおしさが増してきそうで、

日本語も英語も数年後に再読したい本としてとっておきたいと思う。

 

今日もいい一日になりますように!

 

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